1日目
http://www.tudou.com/programs/view/UWgeIJLyv_A/
ニュース
http://www.tudou.com/programs/view/O0wdkcYwMYQ/
挨拶するりんちぇ、土をかけるりんちぇ。
http://tieba.baidu.com/%C0%EE%C1%AC%BD%DC/shipin/play/896
98e46069eae019704963c/
挨拶前の舞台裏、見づらい~
2,3日目
http://www.tudou.com/programs/view/wftJAaa_WE8/
山道を歩くりんちぇ、匂いを嗅ぐりんちぇ(?)、
村のもてなしを受けるりんちぇ(あぶられちゃってるのは羊だそう)、
子どもの歌を聞くりんちぇ・・・・。
11月9日)
りんちぇは羌族の村を訪れた後、子どもの福祉施設を訪れました。
http://ent.sina.com.cn/x/2008-11-10/05302242850.shtml
村では、水分をよく採らないと唇が裂けるから、と何度も言われたんだって。
これだもん。
心配だよーー。
写真たくさん。
http://yule.sohu.com/20081110/n260533064.shtml
車椅子の少女の歌を聞いて、医者に診せられないことを悔やんで涙を流したりんちぇ。
夕方には成都に戻ったようね。
「僕は1基金の志願者の一人に過ぎない。
5年後には1基金に李連杰の名はもうないと約束します。」
50歳が一つの区切りとなりそうですね・・・・。
11月8日)
りんちぇは刺繍産業に携わる羌族の村々を訪れました。
4時間バスに乗り、ジープに乗り換え、
こんな崖沿いを1時間歩き、
はるばるやって来ました。
写真がいっぱい。
http://yule.sohu.com/20081109/n260523515.shtml
行きのバス内でパンだけの朝食を済ませたりんちぇ。
でも笑顔は輝いていたって。
Vサインをする少女に1(ワン)サインを教えたんだって。
「1つの家族なんだよ」
刺繍産業に携わる人々にダウンジャケットを届けたんですね。
http://zjphoto.yinsha.com/file/200811/2008110916444355.htm
場所を移動したようね。
次の場所は観光地になってる羌族の村みたい。
この日は農家に泊めてもらったんだって。
映像
http://tieba.baidu.com/%C0%EE%C1%AC%BD%DC/shipin/play/e14ec51f8669e5d847b88626/
この間のNGOフォーラムも by ボアオ、は確かなんだけど、
これ、もしかして去年4月のボアオフォーラム時ではないかなぁ。
理由?
NGOフォーラムではベーシックな黒のスーツ、テレビ会見にはヴェルサーチのJKだったりんちぇ。
この映像のJKは「功夫の王」プレミアの時に着てたものよね。
2日間のNGOフォーラムの日程のために、3着も用意するかなぁ。(!)
ヘアスタイルもNGOフォーラム時よりビミョーに長いような気がするんだけどなぁ。
話してる内容が分かればなぁ。
小林少年探偵の血が騒ぐんだよーう!
再追記あります
追記あります
11月7日
りんちぇは四川省彭州でのゴミ分類施設の起工式に参加したようです。
これから記事が出てくると思うのでまた追記していきます。
追記
http://scnews.newssc.org/system/2008/11/07/011261393.shtml
寒そう~
再追記
http://ent.newssc.org/system/2008/11/08/011261661.shtml
成都に着き休む間もなく移動したりんちぇは、質素な身なりで疲れたように見えたって。
でも目立たないようでもやはりスター。
あっという間にメディアだけでなく村人も集まって来て、李連杰コールが起きたって。
「一人の力は限りがあるけど、1家族の力は無限。 そして責任でもあるんだ。」
りんちぇをマザーテレサに例え、ノーベル平和賞をもらうかも、と言う人までいたよう。
「それまで生きてるかわからないよ。」とりんちぇ。
8日は早朝からダウンジャケットの配布に出発してるはず。
また、1基金は政府と協力で深刻な被災者に無利子の貸付の計画もしてるのかな。
これに関しては後日、りんちぇから発表があるようです。
再々追記
写真がいっぱいあります。
http://yule.sohu.com/20081108/n260512231.shtml
フライトが遅れたりで疲れたりもあったのね。
お疲れ様でした。
アディダスセットなんだ
中はトレーナーなんだ
りんちぇはテレビ番組に出演しました。
記事
http://news.cctv.com/special/wennuanzaiquxing/20081105/123445.shtml
映像
http://v.cctv.com/html/wwwwxinwen/2008/11/wwwwxinwen_
300_20081105_50.shtml
四川地震の再建に引き続き携わっている1基金。
文化の保護から、学校再建の話などしたようです。
11月7日、りんちぇ自身もまた被災地入りするようです。
スタローンとの共演話が浮上したりしてるけど、まずはこれ。
記事
http://yule.sohu.com/20081107/n260490547.shtml
今日7日に成都入り、10日まで4日間の予定で各地を訪問。
環境保護としてごみ処理問題、物資の護送、慰安が主な目的の今回。
りんちぇの目で見た復興に向けての様子を、りんちぇの言葉で聞かせて欲しい。
凄い量の情報に溺れちゃう前に、とりあえず記事をアップしただけで、
りんちぇの言葉を整理できてなくて・・・・。
フォーラム前日の晩餐会と、終了後のテレビ取材はまだ追いつかないのだけど、
フォーラム初日、2日の発言を少しまとめておきます。
初日の挨拶) 50万件以上のアクセスがあったというスピーチね
http://qchann925smp.blog.shinobi.jp/Entry/330/
http://qchann925smp.blog.shinobi.jp/Entry/331
私は世界で一番の乞食です。
人類の善良な心を呼び覚ますことができることを切に願います。
私は最大の狂人です。
もしあなたの愛が蘇らないのなら、そのために私はすべての方法を尽くすでしょう。
初日、1基金賞発表のスピーチ) 思わず涙ぐむりんちぇです。
http://qchann925smp.blog.shinobi.jp/Entry/336/
http://qchann925smp.blog.shinobi.jp/Entry/339/
母は、死んでいくのを見るのは辛いだろうからと、私を呼び戻さないように
姉に言っていたそうです。
私は既に37歳でしたが、母の中では私は5歳の時のままなのでしょう。
世の中の母親というものはきっと皆、そうなのだと思います。
私は母の枕元に立ち、戻ってきたよと言いました。
私は一日中母の言葉を待ちましたが、母は何も言いませんでした。
何でもいいから言葉を言って欲しいと必死で願いましたが、
母は何も言わずにゆっくりと息をしていました。
私はこの最後の呼吸についてずっと考えていました。
そして私は母に言ったのです。
(以下、円陣よりあぢこさん訳)
あなたが、僕のような息子を持ったことに満足してくれているかどうかはわかりません。
でもどうか、安心して逝ってください。
これから僕は、生涯をかけて世の中の母親たちに、
また世界中のひとたちに恩返しをします。
あなたの愛に報いることができるように。
(あぢこさん、ありがとうございました。)
それから3年間、私はまだこの呼吸について考え続けていました。
そして津波に遭ったのです。
天は再び私に気づきを送ってきたのです。
閉幕後のマスコミ記者会見)
http://qchann925smp.blog.shinobi.jp/Entry/333/
映画は1つの趣味で、今後更に多くの精力を公益事業に置くでしょう。
映画は無理にするのではなく、機会があれば共演者と共に撮るでしょう。
映画を撮影するのはとても疲れますが、しかし多くの財産を得ることができます。
しかし実は儲けたようでもそれは一時的なキープでしかありません。
慈善活動をするにあたりたくさんの困難なことがありますが、しかし私は楽しんでいます。
私個人にとっては、苦労も楽しい事なのです。
うーん・・・・、以上、激しく意訳です。
フォーラムの映像は50数万件のアクセスがあったそう。
終了後、記者会見を開きました。
http://yule.sohu.com/20081102/n260390193.shtml
写真
http://yule.sohu.com/20081102/n260390411.shtml
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